ごめんくださいませ
「ごめんくださいませ♪」
ご機嫌な挨拶とともに、高齢女性が来所した。
ここは大型団地の管理事務所。
毎日様々な訪問者、問い合わせ等々の対応をしている。
「…はい、こんにちは」
しげしげと眺めてしまう。
このあたりでは有名な不思議お婆ちゃん(認知が入っている)だが、
私も実際に話すのは初めてだ。
白いノースリーブワンピースにサンダル、麦わら帽子、
かごバックをぶら下げている。
少年が田舎で出会うひと夏の思い出、
夏の少女そのものだった。
(顔はお婆ちゃんだけど。)
「あのね、テープをくださらない?」
にっこり、と微笑む夏の少女。
「は?」
TAPE?て、テープ??
セロハンテープかガムテープか養生テープか音声テープ…?
フリーズする私。
「はいはい、どうぞ!」
先輩がにこやかに差し出したのは布ガムテープ。
「5センチ、いえ、10センチ頂いてもいいかしら?」
夏の少女が太陽の笑顔で訪ねて、
「何センチでも何メートルでも!」
と先輩がプロの事務員の笑顔で応えた。
少女はかごバックを持ち上げた。
よく見るとその底は抜け、何度も補修された跡があった。
底抜けのバックが
事務所の布ガムテープで補修されていく。
ビリッ、ベタ
ビリッ、ベタ
ビリッ、ベタ
1メートルほどのテープを使い、
補修作業が完了した。
その間、作業に没頭していた本人はもちろん、
事務所内の誰もが口を開かなかった。
「ごめんくださいませ♪」
満足気に事務所を出ていく夏の少女。
フリーズしたままの私。
「もう何年もテープ借りにくるの」
と先輩がふふっと笑った。
一体何メートル、何本の布ガムテープが
あのバックに消費されたんだろう。
「またいらっしゃったら貸してあげてね」
「はい…」
と答える。
とりあえず、
団地は今日も平和だ。