明日はきっといい天気

お仕事の話、思い出の話、未来の話

どうして

「どうしてここにいるのか、

分からなくなってしまって」

 

不安な様子で高齢者がやってきた。

 

「何をしていたのか、

どうしてここにいるのか、

何も分からなくて」

 

先輩が彼女をさっと窓口の椅子に導く。

 

 

 

「さっきまで何してたか、

分からないの」

 

不安感がとても強い。

 

 

ご自分の名前は言えた、住んでいる部屋番号も分かる。

でも、それ以外は分からない。

 

名簿によると

この団地内に息子夫婦とその子どもが居住中。

 

「息子さんがいらっしゃいますよね?

お部屋も近いようですが…」

 

先輩が大きな声で話しかける(とても耳が遠い)。

 

 

「分からない」

 

 

 

 

認知が進んで自分の世界が消えていくのは、

異国で迷子になるよりも

きっと、もっとずっと心細い。

 

「息子さんのお部屋を訪ねてみましょう!」

明るい声で先輩が言って、

彼女の曲がった背中を撫でる。

 

 

薄いシャツ越しに

おそらく体温が伝わって、

今にも泣き出しそうな顔が少しだけ緩んだ。

 

 

 

 

どうして、どうして、

 

ここはどこなんだろう

何をしてたんだっけ

どうしてここにいるんだっけ

 

私達は

個々の家庭に

あまり込み入った介入はできないけれど、

 

こんなに不安に怯える人に、

一瞬の安堵感を与えた先輩すごいなって

私は思った

 

不安だよねって

寄り添ってもらえるだけでも

きっと

すこしだけ人は救われるんだ

 

 

 

ここは地方の大型団地管理事務所。

 

人が生活を営むところの傍ら。